コス島のアスクレピエイオンはエピダウスやペルガモンと異なり、エーゲ海の遠大な眺望に臨む温暖な気候である島の丘陵地帯にあり、鉱泉が出る場所から離れておらず、病気を癒すには最高の場所である。おそらくこの土地は太古から崇拝の念を持って受けとめられた場所ではなかっただろうか。
またこの神殿は幾多の地震によって崩れはしたものの、エピダウス・ペルガモンの神殿に比べ大規模で設備も保存状態も良好である。その大きな要因は紀元前5世紀から4世紀に活躍したヒポクラテスの力が大きかったようだ。この神殿はまとまりが非常によく合理的に造られている。第一テラスから第四テラスまで、浴場、宿泊施設(泉・貯水槽・柱廊などえお備えたもの)、エクセドラ(公共ベンチ)、祭祀、神の祭壇、神殿などが配置されていまとまりが非常によく合理的に造られている。おそらく第四テラスの奥にある所に野外劇場があったのではないかと想像させられる。
今回のテーマである神殿医学から自然医学への変遷を辿っていくと、医神アスクレピオスが施してきた神による治療を科学的な考え方、診察の過程を知ることができる。「見る」、「知る」、「観察する」を基本的概念として用い目・耳・額・皮膚・心臓などの生理機能を観察し、眠りの具合や夢の内容を聞き、患者にあった治療方法を決めて試みた。ヒポクラテスにとってイオニア自然学は大きな基礎となった。
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