「聡明な人ならば、人間にとって最も大切なものは健康であるということをよく認識し、疾病の際には自分自身の的確な判断で自分を助けることができなければならない。また、医者が自分の体に対して診断してくれることや処方してくれることをしっかり把握し、わきまえることができなければいけない。」
ヒポクラテスは一般の人々に対してこのように言っています。
また、「健康とは体と心を含む内的な力と外的な力との調和的バランス状態の表現である。」といいました。つまり、自然治癒力を大いに強調しています。
「病気は自然が癒してくれる。自然は、癒す手だてを自分で見つけることができる。頭を使っていろいろ考えたりせず、まばたきとか舌、そういったあらゆるものが、癒す手だてとなる。自然は、何も教わったり学んだりせず、必要な処置をほどこしてくれる。」
もともと人間は自然界のなかに生き、生活をしていました。「病気を治す」とは、自分自身をこの自然に戻すことではないでしょうか。自然に戻せば、自然に活性化するのです。
この100年の間に医学は格段に発展しました。その歴史は一面では、自然医学を否定したからこそ成立したといえます。しかし、21世紀には再びこうした自然の摂理にのっとった自然医学が脚光を浴びるようになってくるように思えてなりません。
つまり、これからの医学は西洋の論理性に東洋の直感性をしっかり加味していく必要があります。
医療の根源は安全で、確実に診断し、治していくことです。
人間は本来、痛みを痛みと素直に感じ、悩みを悩みとして成長を遂げてきました。しかし、最近では化学薬品によって痛みを痛みとして感じなくなってきました。
人間が持つこうした本来のメカニズムを敵視して、ひたすら病気や死を恐れ、延命のみに固執し、あたかも医学は患者に人間としての自覚を持たせないようにしているかのようです。
現代医学を絶対視して、信仰に近い感情で受け入れていた患者そのものにも問題があるといわざるを得ません。現代の医学は完全ではなく、矛盾も多くかかえていますが、多くの人々によって絶対的なものとして存在しています。
しかし、これからの近未来の医学は「治る」から「癒す」に移行しています。
「治る」は結果を重視する西洋的なもの。「癒す」は過程やプロセスを重要視する東洋的なものです。
この2つの違いは人間そのものを診察し、治療する上で大きな開きがあります。どちらか一方に傾いても問題が生じるのではないでしょうか。過程も結果もともに大切にする医学こそ、真の医学といえるのです。
そこで、自然の摂理にしたがってこの2つの医学を結びつけるヒポクラテス医療が現代に必要なのです。
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